グルテンフリーの人間がイタリアに行ったら、食べるものがなかった話【ローマ1日目】

グルテンフリー・健康


イタリアに行ってきた。

2026年4月3日23時頃、羽田を発ち、ローマ着は翌4日の午前10時ごろ。

現地に住む息子と合流し、そのままバチカン美術館とコロッセオへ向かった。

初めてのイタリア🇮🇹観光は最高だった。

ただ、食事だけは別の話だった….


■ 小麦粉の国に、グルテンフリーの人間が来てしまった

ご存知の方も多いと思うが、イタリアは(ほぼ)パスタとピザの国だ。

どこのレストランのメニューを見ても、前菜からデザートまで、ほぼすべてに小麦粉が入っている。グルテンフリーを実践して以来、小麦粉は極力避けてきた私にとって、これは想像以上の試練だった。

「何か食べられるものがあるはず」と思っていた。

かなり甘かった😓


■ バチカン美術館のカフェで、久しぶりにピザを口にした

バチカン美術館を見学していたお昼どき、館内のカフェでどうしてもお腹が空いてしまった。

周りを見渡しても、並んでいるのはピザ、サンドイッチ、パスタ。ライスもなく、グルテンフリーの選択肢はゼロだった。持参した食料もなかった。

仕方なく、妻と息子が注文したピザを少し分けてもらった。

自分は食べられないことはない。ただ調子悪くなるだけだ。

小麦をやめてから、何年かぶりのことだ。

一口食べた瞬間、「おいしい」と感じた。正直に言う。バチカンで食べたピザは、確かにおいしかった。でもその夜、私の体はしっかりと答えを出してきた。


■ その夜、お腹を壊した

夕食でも、グルテンフリーの選択肢はほとんどなかった。メインディッシュに唯一、小麦を使っていないであろうリゾットを頼んだ。

その後、どうせだからと小麦粉の入ったデザートも少し口にした。

結果、その夜のうちにお腹の調子が完全に崩れた。

翌朝、私は薬局へ向かった。イタリア語が話せるわけでもないが、携帯の翻訳で下痢止め剤を調べ店員にこれが欲しいと言って下痢止めを購入した。

12錠入りのパッケージを1つ買った。

帰国するまでの3日間、私はその薬を使い続けた。3日間で12錠、すべて使い切った。


■ 食べるものがない、という現実

グルテンフリーの人間にとって、イタリアは正直、過酷な環境だ。

食べないこともできる。サラダかハムかチーズかリゾット…現実的ではない。

食べることはできる。しかし食べると体が反応する。

この葛藤を、旅の間ずっと抱えていた。イタリアが悪いわけではない。あの国の食文化は本物だし、料理も素晴らしい。ただ、グルテンフリーという選択をしている身には、毎食が小さな戦いだった。

「小麦粉をやめると、できることとできないことが変わる」

頭ではわかっていたことを、体で実感した旅だった。


■ それでも、イタリアは最高だった

誤解しないでほしいのだが、この旅は最高だった。

息子と合流できたこと、コロッセオの圧倒的なスケールを前にして言葉を失ったこと、バチカン美術館で見た天井画の細部に息をのんだこと。食事の苦労を差し引いても、余りある体験だった。

ただ、次にイタリアへ行くなら、食の準備を万全にしていくだろう。グルテンフリー対応のレストランをリストアップして、補食も十分に持って。そういう準備ができるのも、今回の失敗があったからだ。

失敗と書いたが、本当に失敗とは思っていない、苦しいのを耐えることはできるから、食べたければ食べればいい。

常に便所の位置を把握しておけば、急に来た時、駆け込まなくて済む。

旅は体験だ。


■ まとめ

・イタリアはグルテンフリーの選択肢が(ほぼ)ない環境だった
・仕方なく小麦粉を口にしたところ、体がしっかり反応した
・旅の間、下痢止めを12錠使い切った
・「食べるものがない」という状況で初めて、グルテンフリー生活の重みを再認識した

グルテンフリーを実践している方、海外旅行を考えている方の参考になれば嬉しい。
次回は2日目以降の話も書こうと思っている。


【筆者プロフィール欄】
元航空自衛隊パイロット(30年以上)。現在は浜松でポン菓子屋「杏庵ぽんや」を営む。

グルテンフリー生活を実践中。

健康と食について、体験をもとに発信している。

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