2026年4月4日、午前10時ごろ。フィウミチーノ空港に降り立った。
ローマの空は青かった。
■ 9ヶ月ぶりの再会
昨年7月以来だ。息子はイタリア空軍で委託教育を受けている。
私も現役時代、航空自衛隊でパイロットとして30年以上飛んできた。その息子が今、異国の地で軍のパイロット訓練を受けている。
到着ロビーに出て待っていると、髭を若干伸ばした息子が遅れてやってきた
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■ テルミニ駅までに、まずカルチャーショックを受けた
フィウミチーノ空港からローマ市内へは特急列車で移動する。
終点はローマ中央駅、テルミニ駅だ
ホームからの光景に、まず驚いた。
止まっている列車の車体に、大きな落書きが入っている。

車窓からは建物の外壁にも、いたるところに落書き。日本ではまず見ない光景だ。
テルミニ駅に着いて、トイレを探した。
有料だった。コインを入れて入る仕組みだ。「まあ、それはいい」と思った。
だが中に入ると、便器に便座がなかった。有料なのに、便座がない。
「イタリア面白い」と思った。
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■ ホテルまでの道、すべてが新鮮
テルミニ駅からホテルまで歩いた。
石畳だった。道路も歩道も、すべて石畳だ。
歴史的な建造物が並ぶ首都の中心部を、スーツケースを引きずって歩く。ガラガラと音が響いた。
道路は狭かった。首都の駅前の道路とは思えない細さだ。それでもクルマは走る。そして、クラクションを鳴らしまくる。信号を守っている人をほとんど見なかった。歩行者も、クルマが来ていても関係なく渡っていく。
クルマを見ると、どれも汚れていた。傷も多い。洗車するという文化がないのかもしれない。ぶつかった傷もそのままだ。
「壊れたらそのまま」「汚れたらそのまま」。そういう国民性なのかと思った。
建物と建物の隙間は、ほとんどなかった。
古い石造りの建物が隙間なく並んでいる。
当然、駐車場らしきものも見当たらない。クルマは道路脇に縦列駐車するしかない。
どこを見ても、見たことのない光景ばかりだった。キョロキョロが止まらなかった。
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■ ホテルにチェックイン
ホテルはオートロックだった。一応、現代的な設備は整っている。
ただし、トイレにウォシュレットはない。便座ウォーマーもない。当たり前といえば当たり前なのだが、日本のトイレに慣れた身には少し気になった。
「まあ、旅だ」と思って気にしないことにした。
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バチカン美術館へ
荷物を置いて、すぐに出かけた。まずはバチカン美術館だ。
館内に入ると、言葉を失った。
廊下の天井や壁が、すべて絵で覆われている。どこを見ても絵だ。どれも数百年前に描かれたものだという。その密度と精度に、ただ圧倒された。

特に印象に残ったのが「ベルヴェデーレのトルソ」だ。胴体だけの大理石像なのに、そこに宿っているものの量が尋常ではない。腕も頭もないのに、見ていると力が伝わってくる。あとで調べたのだが、ミケランジェロがこの像を「私の師」と呼んだというが、その意味が、少しだけわかった気がした。

キョロキョロしたまま、気づけば軽く1時間は経っていた。
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■ 昼食はピザになった
お腹が空いた。美術館内のカフェに入った。
メニューを見た。ピザ、サンドイッチ、パスタ。小麦粉製品しかない。グルテンフリーを実践している私にとって、選択肢はゼロだった。
仕方なく、ピザを少し食べた。
おいしかった
小麦粉製品の美味しさを知っているから、厄介である😓 たまに無性に食べたくなる
食べると後悔する…
その夜も、体がきちんと反応した。それは前回の記事に書いた通りだ。
ローマの1日目は、驚きとキョロキョロの連続だった。
落書き、石畳、クラクション、天井画、トルソ。何もかもが初めての光景で、疲れているはずなのに目が冴えていた。
これが「歴史の街」ということなのだと思う。



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